「論語と算盤」とは日本資本主義の父、渋沢栄一氏の講演集において用いられた言葉で、論語、即ち倫理と、算盤、即ち金銭は矛盾しない、むしろ論語を取り入れることで経済は発展するのだという氏の基本的な考えを表しています。
これを経営に置き換えれば、
●論語=経営理念、行動指針、バリュー
●算盤=戦略の実践による収益の確保
両者は自社を発展させる上で両輪となって働くもので、決して相反するものではなく、どちらも同様に重要だ、ということになるでしょう。
哲学の裏打ちのない単なる利益偏重主義は顧客との良好な関係を阻害し、早々に顧客の支持を失ってしまうでしょう。やはり、顧客や社会に貢献して喜ばれ、その対価として得られた利益こそが価値が高く、永続するものなのです。
一方、いかに高い理想を持っていても、それを実現する力、即ちビジネスを実践して収益を上げる力がなければ、それは顧客にとって何の価値もない、絵に描いた餅に過ぎません。
本書の冒頭でもご説明したように、企業とは経営理念実現のために存在するものです。そのために必要な利益を上げ続け、永く存続していくことは企業の「正義」とも言えるのです。
このように申し上げるとよく、「私は数字のほうはちょっと苦手で」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、もし今、ご自分が情熱を持って取り組んでいる分野──製造なら製造、営業なら営業──があるとするならば、今後はそれと同じくらい、否、それ以上に「算盤、つまり会社の数字に強くなること」が重要になってくるとお考えいただきたいのです。
Casestudy
会社の業績が悪化する場合、どのような理由が考えられるでしょうか。
様々な理由を想定し、その1つひとつについて、少なくとも3回は「なぜ」を繰り返し、できるだけ数多く挙げてみましょう。
例…「売上の減少」を想定し、更にその現象が発生した理由として「顧客離れ」→「商品に魅力がない」→「商品開発できていない」→「その体制がない」→「人財不足」……と追求を続けていきます。
中小企業の業績が悪化する要因には、実に様々なものがあります。
このケーススタディを講座で実施した際も受講生の皆さんからは、売上に関して「売上減少、受注減少、粗利の低下、販売不振、営業力不足、受注待ち状態が慢性化、大口先に依存した売上構成、新規開拓が進んでいない等」商品・サービスに関して「商品に魅力がない、市場に適した(お客様目線の)商品となっていない、価値提供ができていない、マンネリ化、商品のロス、新商品が出ない、サービスが悪い(クレームが多発)、技術力等」組織と人財に関して「社員とのコミュニケーション、理念の共有ができていない、組織がバラバラ、人財不足、社員のモチベーションが低下、親子のコミュニケーション、幹部が1つになっていない、人財の頻繁な入れ替わり等」その他「経営者の姿勢」「外的環境の変化」「競合との価格競争」「取引先の海外移転」etc.……と、多岐にわたる視点から非常に多くの「業績悪化の理由」を挙げていただきました。
実際に自社の業績が悪化した際には、それだけ様々な要因が複雑に絡み合うことになっているでしょう。
どうしても主観的になりがちな定性分析では、原因の正確な把握は困難極まるということになり、これらをより客観的な視点で検証するためにも、まずは自社の収益向上のプロセスを細分化し、その実行度合いを数値で測定・管理することが求められます。
例えば、飲食店の収益を上げるプロセスは、以下に挙げる図の通り、売上を上げるか、コスト削減をするか、のいずれかです(図14)。
売上を上げるにしても、客数を増やすのか、客単価を増やすかで打つべき施策が異なり、客数を増やすにも、新規客を増やすのか、リピーターを増やすのか、でふさわしい施策は異なります。
このように「数字」に強くなり、自社の収益プロセスを日頃から定量的に把握していれば、業績悪化に至る前にその兆候を「数字」から捉えることができます。
早期に必要な手を打ち、環境の変化にも耐え得るような経営を行うことも可能となるわけです。
一方で、過去、自らの経験だけでなく、中小企業の事業再生支援に携わった経験から申し上げると、残念ながら業績を悪化させてしまった経営者の特徴は、「ドンブリ勘定、かつマネジメントにおいても数字に弱く、楽観主義であった(現状を見て見ぬふりをした)」という一点に集約することができます。
前述したように業績悪化の兆候は必ず数字に現れますので、それを早期に捉えさえすれば多くのリスクは回避できたはずなのですが、経営者が「数字」に弱かったばかりに、どうしようもないところまで来てしまった……というわけです。
例えば私の実家の小売店では、売上は横ばいを保っていたのに、慢性的な営業赤字の状態に陥っていました。
この要因をよくよく見ていくと明らかに原価と人件費の高騰が要因であり、それらをさらに見ていくと、大口取引先との取引において粗利額が大幅に下がっていることがわかりました。
つまりこの赤字は構造的な要因から発生したものであったのに、元々の問題を解決しないまま、長い間、「働けど働けど収益上がらず」という状態を続けていたのでした。
茹でガエル現象、茹でガエル理論という言葉もありますが、少しずつ進行していく変化に、人間はなかなか気づくことができません。
このため、経営者は自社の状況の変化を、定量的な指標に置き換えて把握することが必要となります。
私の実家の例であれば、ただ「粗利」にさえ注目していれば、「売上が上がっても収益性が低下するのでは意味がない」ということがわかり、もっと早期に、顧客構造の改善に取り組んでいたでしょう。
このように自社に問題が発生したことを検証できる「数値」をいくつか管理指標として設定し、
●定期的に現場から報告させる仕組みをつくる
●この数値がこのラインを越えたら危機と捉える
という評価の目安を現場と共有することで、より適切なマネジメントが実現できるわけです。
「数字」に疎い経営者であればどうしても後手に回ってしまう。
即ち、経営者が「数字」に強くなるということが、自社を存続させる、最も確実で手っ取り早い方法なのです。
第1章で述べた通り、売上や利益といった「数字」とは自らの仕事を通じて創意工夫した結果、お客様から得られた「評価」であり、その「評価」を客観的に捉える唯一の指標が「数字」です。
「数字が苦手」という方は早急に克服していただき、「自社にとって重要な管理指標は何か?今現在、適切に管理されているのか?どのような管理の仕組みを築くべきか?」を明確にしていただきたいと思います。
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