君主が賢者を遇するならば、単なる物のやりとりではなく、そこに敬意と理解が伴っていなければならない。
もしも、それが形式的な施しにすぎず、心が通っていないのであれば、それは犬や馬を飼うのと同じことである。
魯の繆公(ぼくこう)は子思に対し、何度も使者を遣わし、鼎(かなえ)で煮た肉を贈った。
しかし子思はそれを喜ばず、ついには使者を門の外に出して頭を地につけて拝し、こう述べて贈り物を受け取るのを拒んだ――
「今になってようやく、君が私を犬や馬のように飼っていたのだとわかりました」と。
以後、繆公は贈り物を送らなくなったという。
どれほど賢者を好んでいたとしても、適切な地位に取り立てることができず、また誠意をもって養うこともできないのであれば、それは賢者を本当に好んでいるとは言えない。
原文
曰、君餽之則受之、不識、可常繼乎。
曰、繆公之於子思也、亟問、亟餽鼎肉、子思不悅。
於卒也、摽使者、出諸大門之外、北面稽首再拜而不受。
曰、今而後、知君之犬馬畜伋、蓋自是臺無餽也。
悅賢不能擧、又不能養也、可謂悅賢乎。
書き下し文
曰く、
「君、之に餽(おく)れば則ち之を受く。知らず、常に継ぐべきか。」
曰く、
「繆公(びゅうこう)の子思に於けるや、しばしば問わしめ、しばしば鼎肉(ていにく)を餽れり。子思悦ばず。
ついに、使者を摽(は)じて、之を大門の外に出し、北面して稽首(けいしゅ)し、再拝して之を受けず。
曰く、『今にして後、君が犬馬もて我を畜(か)うるを知る』と。
これよりして、台(だい)より餽ること無きなり。
賢を悦びて、挙ぐる能わず、また養う能わずんば、賢を悦ぶと謂うべけんや。」
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 問:「君主から食料を贈られたら受け取るとのことですが、それを常に続けるのはよいことでしょうか?」
- 答:「繆公が子思に対して、頻繁に礼を尽くして質問を寄せ、しばしば鼎肉(貴重な料理)を贈った。
しかし子思は喜ばなかった。
ある時、使者を追い払い、門の外へ押し出した。
そして北面して深くお辞儀(稽首・再拝)しながら、贈り物を受け取らずこう言った:
『今になってようやく分かりました。君主は私を犬や馬のように飼っていたのだ、と。』
この出来事以後、朝廷から贈り物が来ることはなくなった。
もし賢者を好むというなら、その人を登用するか、養うべきである。
それもできないのに、どうして“賢者を好む”と言えるだろうか。」
用語解説
- 餽(き):贈ること。特に食物や贈与品を下賜する。
- 鼎肉(ていにく):古代の調理器具「鼎(かなえ)」で煮た肉。最上級の贈り物の象徴。
- 亟(しばしば):たびたび、何度も。
- 卒に於いてや:ついに、最後に至って。
- 摽(は)ず:追い払う、突き飛ばす。
- 稽首(けいしゅ):地に額をつけて拝礼する、最も丁重な礼。
- 伋(きゅう):子思の名(孔子の孫)。
- 台(たい):朝廷、高官が集まる場。
- 悦賢(えつけん):賢者を尊び喜ぶこと。
- 挙(あ)ぐ:登用すること。
- 養う:経済的に支えること。
全体の現代語訳(まとめ)
「君主が礼として食物などを贈ってくる場合、初めは受け取るとしても、それが度重なると問題となる。
繆公は子思を賢者として尊び、頻繁に訪ね、貴重な料理を贈った。
しかし子思は不満であり、ついには使者を追い出し、深く礼をしながら、こう言った:
『君は私を動物のように扱っているだけだ。』
そしてそれ以後、贈り物は来なくなった。
本当に賢者を尊ぶのならば、登用するか支えるべきである。
それができずに贈り物ばかりするのは、虚偽であり、尊重とは言えない。」
解釈と現代的意義
この章句は、**「賢者を尊ぶとはどういうことか」**を問う重要な箇所です。
孟子は、表面的な“贈り物”で機嫌を取るのではなく、実際にその才を登用し、敬意を形で示すべきだと説きます。
単なる餽与(プレゼント)だけでは、相手を“下に見ている”ことにもなりかねない。
賢者子思のような人物は、その矛盾を見抜いて拒絶したのです。
ビジネスにおける解釈と適用
- 「形式的な優遇よりも、本質的な評価と活用を」
→ 能力ある人材をただ“褒める”“好意を示す”だけでは不十分。登用や責任を与えることが信頼の証。 - 「優遇が“施し”に見えると、関係性が崩れる」
→ 相手の尊厳を無視した“支援”は逆効果。本人の役割と期待に見合う接し方をすべき。 - 「本当に人を尊ぶなら、行動で示せ」
→ 表面的な感謝や名ばかりの肩書きではなく、裁量や役割を与えることで信頼が成立する。 - 「誠意あるリーダーシップは“育成・登用・支援”のセット」
→ 優れた人材に対しては、尊重だけでなく活用と支援が必要。どれかが欠けると不信感につながる。
ビジネス用の心得タイトル
「敬意は登用と支援で示せ──“贈り物”だけでは人は動かない」
この章句は、「形式ではなく本質的な評価と信頼関係の構築」が、人材活用や組織マネジメントにおいて極めて重要であることを教えてくれます。
コメント