孟子は、「仕える(仕事をする)」という行為の本義は、生活の糧を得るためではなく、道義を実行するためであると述べます。
しかし、現実としては「生活のために仕える」場合もあり得る、と理想と現実の両面を認めつつ、そこにおける心構えを正すのがこの章の趣旨です。
◆ 原文の要点と訳
原文 | 現代語訳 |
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仕非爲貧也、而時乎爲貧 | 仕えるのは本来、貧しさのためではないが、時に貧しさのために仕えることもある |
娶妻非爲養也、而時乎爲養 | 妻を娶るのも本来、身の回りの世話のためではないが、時にそういう目的もある |
爲貧者、辭尊居卑、辭富居貧 | 生活のために仕える者は、地位や富を求めてはならず、低く貧しい職に就くべきである |
抱関撃柝 | 門番や夜警などが最もふさわしい仕事である |
孔子嘗爲委吏…會計當而已矣 | 孔子も倉庫係となったことがあり、その職責は「帳簿が正確ならよい」と言った |
嘗爲乘田…牛羊茁壯長而已矣 | 牧畜係も経験し、「牛や羊が健康でよく育つことが務めだ」と言った |
位卑而言高、罪也 | 地位が低いのに高尚なことを語るのは罪である |
立乎人之本朝、而道不行、恥也 | 高位に立ちながら道を行わぬのは恥である |
◆ 二つのレベルの「仕える目的」
① 理想:「道義実現のために仕える」
- 社会や国家を正しくするための志をもって職に就く。
- その場合、高い地位も富も意味をもつ。
② 現実:「生活維持のために仕える」
- ただ生計のために職を得る。
- その場合、高い地位や俸禄を望むべきではなく、むしろ卑職に甘んじるべきだと孟子は言う。
◆ 孔子の例:職業に誇りを持つ
孟子はここで孔子を例に出して補強します。
- 孔子は現実に倉庫係(委吏)・牧畜係(乗田)など、実務職に従事した経験がある。
- しかし、彼はそれを恥じたりせず、自分の職務を丁寧に果たすことに徹した。
- これは、「どんな職でもその本分を尽くせばよい」という孟子の価値観に合致する。
◆ 教訓:地位と発言のバランスをとる
● 低い地位にあって高言を吐く者
「位卑而言高、罪也」
→ 身分や立場をわきまえずに大言壮語することは「罪」である。
→ 現代でも「口だけ立派」「実力に伴わない発言」として批判される態度。
● 高い地位にあって道を実行しない者
「立乎人之本朝、而道不行、恥也」
→ 中央の高位にありながら、道義を行わないことこそ「恥」。
孟子はここで、「責任ある立場にある者は、その職責を果たさねばならない」というリーダー論も展開している。
◆ 結論:職業の本質は「責任の自覚」である
孟子が言いたいのは以下のようなことです:
人はその職業の目的を誤解してはならない。
生計のための職ならば、その分を守る。
道を行うための職ならば、責任を果たす。
この考えは、地位や名誉に惑わされず、自分の働きと向き合うことの大切さを現代にも教えてくれます。
原文
孟子曰、仕非爲貧也、而時乎爲貧、娶妻非爲養也、而時乎爲養、爲貧者、辭尊居卑、辭富居貧、惡乎宜乎、抱關擊柝、孔子嘗爲委吏矣、曰、會計當而已矣、嘗爲乘田矣、曰、牛羊茁壯長而已矣、位卑而言高、罪也、立乎人之本朝、而道不行、恥也。
書き下し文
孟子曰く、
「仕うるは貧の為にするに非ざるなり。しかれども、時として貧の為にするあり。
妻を娶るは養う為にするに非ざるなり。しかれども、時として養う為にするあり。
貧の為にする者は、尊きを辞して卑しきに居り、富めるを辞して貧しきに居るべし。
それ、いずくにか宜しき(ふさわしい)所あらん。関を抱き柝を撃つ(門番)に等しからん。
孔子もかつて委吏たりしことありて、曰く、会計が正しければよし、と。
かつて乗田たりしことありて、曰く、牛羊が健やかに育てばよし、と。
位卑しきにして高きを言うは、罪なり。
人の本朝に立ちて、道行われざるは、恥なり。」
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 孟子は言った。
「仕官(役職に就く)の目的は、本来“貧しさ”を解消するためではない。
けれども、時にはやむを得ず“貧しさのために”仕官することもある。」 - 「結婚も、本来は“生活を支える”ためにするものではない。
けれども、時にはそのような目的で妻を娶ることもある。」 - 「もし“貧しさ”ゆえに行動するというならば、
栄誉や地位あるものを断り、貧しく卑しい立場に身を置くべきであろう。
しかし、それはどこに適当と言えるだろうか?
関を抱え、柝(拍子木)を打つ──つまり夜番をしているのと変わらない。」 - 「孔子ですら、かつては小役人(委吏)をしており、
『帳簿の数字が合っていればそれでよい』と言った。」 - 「また、牧畜係(乗田)であった時には、
『牛や羊が元気に育っていればそれでよい』と言った。」 - 「身分が低い者が高尚なことばかりを語るのは、罪である。
国家の中枢に立ちながら、正しい道を行わないのは、恥である。」
用語解説
- 仕うる(つかうる):仕官する、公務に就くこと。
- 娶妻(しゅさい):妻をめとること。
- 抱関撃柝(ほうかんげきたく):門番・夜警の役職を意味する。
- 委吏(いいり):会計担当の下級官吏。
- 乗田(じょうでん):農業・牧畜の管理担当官。
- 茁壯(しゅつそう):草木や動物が健やかに育つこと。
- 本朝(ほんちょう):国家の中枢、あるいは朝廷を指す。
- 道不行(みちおこなわれず):正道が実行されていないこと。
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語る:
「人が仕官するのは、本来“貧しさを解消するため”ではない。
けれども現実には、やむを得ず“生きるため”に仕官せざるを得ない場合もある。
妻を娶るのも、愛や徳をもとにすべきだが、生活の必要からそうする場合もある。
しかしもし“貧しさ”を理由に行動を決めるというならば、
栄誉や富を断って、卑しい立場に甘んじることが本筋であろう。
それではまるで、夜番や下働きと変わらない。
孔子もかつて小役人や牧畜官であったが、仕事に私心を入れず、淡々と務めた。
身分が低いのに、高邁な理想を語るのは慎むべきだし、
国家の中枢にありながら“道”を実践しないのは、まさに恥である。」
解釈と現代的意義
この章句は、**「志を持って生きるか、欲に流されて生きるか」**という根本的な問いを投げかけています。
孟子は、「仕官や結婚といった人生の選択は、ただ“貧しいから”“必要だから”というだけでしてはならない」と言います。
理想を持たず、状況に流されるだけの行動は、形は立派でも中身は空虚であり、
その極端な例が“ただの門番”のような、意味のない公務です。
一方、孔子は例外ではなく、身分の低い仕事でも真摯に取り組んでいました。
孟子はそこに“志”があるかどうかを重視しており、**「地位よりも姿勢」「職業よりも動機」**が大切であることを強調しています。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「目的と手段を混同しない」
→ 職を得るのは生活のためではあるが、本来は社会に貢献する「志」があるべき。 - 「どんな職でも、使命感をもって従事する」
→ 小さな仕事に真剣に取り組む人にこそ、大きな仕事を任せる価値がある。 - 「地位の低さに不満を抱くより、行動で価値を証明せよ」
→ 立場が弱いからといって高尚な理想を振りかざすのではなく、まずは現実での実践が評価される。 - 「組織の中枢にいる人ほど、率先して“正しい道”を示すべき」
→ 権限や立場がある人が、理念を貫かないのは“恥”である。
ビジネス用の心得タイトル
「仕えるは志のため、職は姿勢で語れ──小職に誠を、大職に道を」
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